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8月19日

曇り、時々雨。


風邪がだいぶ経過しそうなので、のんびりと起きて、ゆっくりと身体を動かしながら居間と本棚を片付けて積まれた本を収め、奈っちゃんから借りっぱなしの『コーリング』全三巻を一気に読む。お昼に、蒸し鶏にしたときに出たスープを飲み、納豆ご飯。こりゃ旨い!

それから、のんびり『森のバロック』を読み進め、思い出して今日締切の原稿のレイアウトを決めて、原稿を書く。お茶の時間にタンザニアを淹れる。最近、美味しく淹れらるようになってきた。林っさんと作り始めた壁新聞の前回に書いた掌編が、結構気に入ってる。火曜日の喫茶店で、読めます。


『森のバロック』第六章、ここに出てくる神仏習合とその後の神仏分離廃仏毀釈が近代化によってどのような形に為されたか書かれているところが、なぜか僕の中のひとつのクライマックスのように惹きつけられて読んだ。そして、なんでわざわざ八百万いるはずの神を森に社を建てて祀るのかぼんやり疑問だったことが、霧が晴れるように答えがでた。

頭の中でぐるぐるといろんなことが繋がって立ち上がり、思考が回転しはじめて、別のものに跳んでまた繋がって、複雑に絡まっているこれ全部をいまここにいっぺんに言葉にできたらなんて素敵だろう。で、試してるうちにおかしなところに進んでしまって、下手すると忘れちゃう。

断片でとどめておくのも手か。

森に分け入り、森の中で森をみる。自分を見つめる、というのも森にはいるのと同じにやりたい。

結局はお金。お金が全て、という価値観を完璧には否定できない現実にうなだれてもいたけれど、どうして「お金が全て」であるようにも見えるのか、ふと、まるっとわかった。今はもうその考えに惑わされなくなった。