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夏の雲、曇り。夜から雨。


夕方過ぎから鼻の奥が乾いて炎症っぽい。夜、松浦くんや綾子ちゃんと会うつもりだったが、断念。ヨーコたゃんがヨーレン菌にかかっていたし、様子見る。


水木しげるの昭和史第1巻を読み直している。

「田中内閣は“積極的な”政治」を打ち出していた。大正14年に普通選挙法と治安維持法が成立。このあたりから「終戦までの言論弾圧の布石は完了した」といえるとねずみ男は語る。

中国・南京政府の北伐から日本人居留民を守る名目で3度、出兵。「こういう“積極的な”外交政策は、内政における景気刺激策としての軍事費の増大とも連動している」、「とにかく日本は軍事的にも経済的にもアジアに進出して、権益を拡大しようということじゃよ」。

今の状況とだいぶ似ているようにみえるのは僕だけか。積極的、という言葉。こんなに言葉を空虚に扱うことができるのか、という驚き。

違いがあるとするなら今の政府が目指すのは、新しく権益を獲得するのではなく、かつて日本が持っていた権益(事実持っていたかどうか、他国がどう捉えているかは関係ない。それがお花畑であるにせよ)を取り戻したい、ということのようにみえる。軍事的にも、というところはいささか当時のことはわからないけれど、いまこそ政治も軍事も直接、経済と連動していて、日本が軍需産業に手を広げているのは戦争うんぬんよりもお金を見ているんではないか。

そののち満州某重大事件がおこって、陸軍は力を拡大していく。歴史は模倣するのだろうか?


バーテンダー時代に耳にした、僕が腹立たしくて仕方がなかった、忘れられない話のひとつは、ある客が「どっかの国が戦争を起こしてくれれば、日本も潤うんだけどねー」と言った一言だ。

(でも、普通にこんな田舎で生活していてそんな感覚を持つことがあるだろうか。この人は、ただどこかの雑誌を読んだか、訳知り顔のコメンテーターの話なんかを右から左に受け流しているだけだったのだろうと思う)

参院選を控えて、政治参加を呼びかける人たちも増えてきた。選挙に行こう、と。

選挙は、僕らができる政治活動のなかでもほとんど重要なことじゃないと思っている。なぜなら、あれは組織であり、役職であって、匿名なのだから。

僕がやっている活動は、ある意味すべて政治活動だ。なぜなら、僕ら民にとって、生活の在り方を考えて行動することが直接政治に関わることだ、と僕は思っているからだ。というか、それこそが政治を動かす一番手っ取り早く確実な方法だとさえ思っている。誰か一人の英雄を望むより、組織を支えている僕ら一人一人の意識を変えること。

僕は選挙で政治が(自分たちが望むように)かわると、全然思ってないのだ。僕ら自身が変わることが、政治を変えることだと僕は思っているらしい。

選挙があるたびに、あなたの一票が社会を変えるという。でもその社会を変える人間があなたではない限り、あなたが望むようには社会は変わらないだろう。選挙に行こうと叫ぶ、投票に行く。そして、それからあなたは何をした?本当に恐れられてるのは、僕ら一人一人が考えることだ。投票なんて恐れてはいないだろう。なぜなら、最終的にはその仕組みを変えることができる権力を彼らは持ってる。どうしていま、18歳まで選挙権が拡大されたか、考えてみること。

冷房の効いた部屋で馬鹿でかいTVから流れてくるワイドショーをみて、温暖化ヤバいよ!何とかしないと。政府は、何をやってるんだ?

あ、でもこの候補者、温暖化をストップさせるって公約してる。で、投票。開票、当選をTVで見て、その後の動向はTVに出たとき知るくらい。今日も冷房を効かしてる。のほうがヤバいよね。