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曇り。陽が差さないとやっぱり冬だと肩が少しすぼめるような寒さで、おかしいけど一安心。雪が全然降らない、駒ケ岳の上は白く積もっていた。

仕事始めはお客さんもパラパラと、落ち着いたスタート。新年のっけからすごい話を聞いた。100歳を超えたおばあさんが首を括ったという。新年が明けて、2日のはなし。一緒に暮らしていた家族の話では「わたしはもう、生きすぎた」と話してたらしい。ということは自らの意志でそうしたということだろうか。希死念慮とかじゃなく?老年性鬱病というものもあるらしく、それも聞いてみると認知症、せん妄と併発もするらしいけど、それはわからない。100歳を過ぎて生活苦や人生に絶望とか?ないとどうして言えるだろう、とこう書いていると思うけど話を聞いたすぐには「ありえない」という気持ちがふっと湧いた。恥ずかしい。

100歳を生きて、自ら命を絶つに至った経緯はどんなだったんだろう。夕飯を済ませて家族と別れ、自分の部屋に戻り、どのような行動を起こしていったのか。一瞬、天井からを想像したけれどそうではなく、箪笥や引き出しの取手を使用する。その知識はいつ持ち出されたのか。決断と行動するための体力(体力ってのは、生きる力ってこと)、100歳の老人のそれは今までの僕の勝手な想定の軽く斜め上にいってた。M君は、「そこまで生きたなら、孫もいたみたいだし大往生じゃないけど、生き様を見せてほしかったですね」と言った。気持はわかるが、それは僕らの勝手な希望でしかない。

天才の行動への僕ら凡人の無理解、あぁ恐るべきは全てを均してアスファルトするポピュリズムの力、なんつて。

生ききる、ということを思う。ドゥルーズの自殺が、そして、なぜか去年ふと「そうだよな。やっぱり自殺しかないな」と降りてきたこと。僕は希死念慮を知らないけど、それではないことはわかる。なんというか、思考の末にポンと出た答えみたいだった。野口晴哉の享年60歳を「なんだかんだ言って、やって、結局60で死んじゃったんだ」という人がいたが、その人は全然わかってない。椅子に座り、眠るように死んでいった野口晴哉は生ききったからの60歳だった。身体が決めた自殺、といっていいんじゃないだろうか。100歳のおばあさんやドゥルーズの決意の自殺と、野口の身体的自死を比べるのもどうかわからない、僕は野口のように死にたいと思う。でも、「自殺者が一番多いという日本は、文化的に最も進んでる」と言った井上さんの考えに僕は賛同しない。でも、かといって簡単におばあさんの死に対して勝手な想像を付与して自分の、なんていうんだっけ、それを満足させたいとも思わない。死について結論めいたものが簡単に言えたら、うっそー!?だ。とりあえず、時々このことは思い出すような気がする。

ベースキャンプで、ベラを置いてもらいに行きがてら、カレーとコーヒー。ブルータスの植物特集の14年のを繰っていた。イエルカの一番小さいストーブだけで、店内があったかい。薪ストーブ、すごい。帰りにチャオに寄ったら、みかん味のポテチがあった。苺のショートケーキ味のは、不味かった。