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9月7日

雨。


ばたばた忙しい火曜営業となり、そんななかでも面白い話がてんこ盛りの一日。なかでもすごかったのはYさんとの再会であった。

Yさんはとうとう観えるようになって、「言葉が降りてくるんだ」と言い、頭の斜めうしろ辺に円を描きながら「そういう映像が見えて」と、岩だらけの山に白塗りの坊さんのような人達がいる、それをしらべたら「チベットだったんだよ」と言う。「ルルド」「クダラ(これは結果、百済官能だった)」あと、なんとかナーラ(1番重要なこれを失念してしまった!!)なんて言葉が降りてくる。それが本当に実在する言葉なんだ、と。また、バリにいったときは、降りてきた言葉を持つ洞窟にゆくと、そこの過去の映像がふと観えた。

そして人を見ると、また色々が観える。これがとても興味深く聞けるのだけど、本人が心配しているので「熊楠なんて死んだ友人に誘われて進むと、新しい粘菌を発見してたんだ」「今なら坂口恭平だって、おんなじこと言ってる。あなたがおかしいんじゃないよ、それを怪しんだり敬遠する人は、恐れているんだ。みんな、自分を知るのが怖いんですよ。」

整体も同じだけれど自分がさらけ出されるのは、とても恥ずかしい。これは本当にそうで、それは自分でも「いや、これは駄目だよ」とわかっていても、ついついやってしまうことは誰にでもあるだろう、それを隠してるのにはっきり指摘される時の恥ずかしさを想像してみたら、それです。

ついでに僕を観てくれて、なんでも言えと言うので、アフリカとインドならどっちだろう、と聞いたら「想像して身体の鼓動が高まるほうにしろ、だって」と言われ、そりゃそうだ!と思いつかなかった自分に唖然とした。(そして、僕の後ろにもある人物が観えるのだった。僕も、その人が言いたいことは重々わかっています。でもやはり、自分のこととなると難しい~)

驚いたのは伝聞のなかで「「べき」を捨てて。…気持ちを下に置いて、…」と言われたことだ。最近、下腹部が緩く鳩尾がすこし強張っていて、と数回前の日記に記したと思うが改善しようと思っていたところだったからだ。上虚下実である。そして、それを話すYさんは言葉を探しているように、というか耳元で囁かれる言葉を間違わないように伝えようとしている、そんな風に話してくれるのだった。

なかなかこんな話を信じられる人も少ないかもしれない。でもこれは身体という具体的なものの話でもあり、そして空間や時間の在り方の話でもあるので、僕はそういう風に人に世界が実はいま見えるような形だけではないことを伝えたい。

だけどYさんにも言ったが、今の僕は例えるなら、Yさんや他の人のようなモーツァルトに対してのサルウデなのだ、じゃないサリエリなのだ。素質はあるらしいが、いつその扉は開くのか。

そうそう、そういえば「一人じっくり、胡座をかいて本を読んでいる姿ね。それを大事にしなさいって。あなたのやろうとしていることは、あなたは間違っていない」とのお達しを受けたので、励みにしよう。


コーヒーは、もう夏も終わりで雨続きのこの時期になって、ようやく水出しコーヒーが自分で納得できるものが出来上がった。

今回はエチオピアとインドネシアでどちらも特長がよく表現され、かつ嫌味のない味にまとまった。ミルの挽き値を少し荒くして水との割合も少し少なく、時間は1.5時間ほど短くした。なんというか、ホットのコーヒーと同じレベルで、冷たいコーヒーに仕上がった。来週、同じ味が出せるだろうか……。


ウェス・アンダーソンムーンライズ・キングダム』、ジョニートー『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』を借りる。「グランド・ブダベスト・ホテル』の前哨戦だ!

以前、ウェスを敬愛する後藤くんに『ライフ・アクアティック』を観て、とても上質なPVを観たようだった。と伝えてがっかりされたのだけれど、ようやく今になって素晴らしさがわかった気がする。『ムーンライズ…』では後半、少し瓦解してきようにも思えるのだけど、映画が現実から独立したファンタジーとして立ち上がっている(そして、それは結構すごいことじゃないかと思う、のはそれが例えばこないだ初めて観た指輪物語3部作のような作品なんかよりずっと、現実の束縛から逃れている)。前半の二人のチックチョー族の道を進む冒険が、とても素晴らしかった。相変わらずの細部へのかなりの拘り。ダージリン急行が観たくなってきた。