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5月12日

正午過ぎから雨。風が強い。夜10時過ぎ、雨上がる。


8時に家を出て、啓榕社喫茶の準備。林っさんの作品を持っていく。まずはとにかく少しでも人の目に触れてほしい。僕は才能を浪費している、この社会の尺度でいえばろくに働いてるかどうかもわからなかったりして役に立っていないようにみられる、でもそんなこと気にしないでやりたいことや自分の思いや疑問に真摯でいる大人が大好きだ。生活だとか社会の目なんて気にしないで生きている人と話すと、自分がものすごくせこく思えてくる。そうして、すこし背筋がしゃんとする。もしぼくが大金持ちになったら、そんな人たちを侍らせて(笑)日々が送れたらどんなに楽しいだろう。


10:10にオープン。店を開けてから、暇はもう暇なのだけれど絶えずお客さんがいてくれて、ありがたやありがたや。原ちゃんが息子を連れて来てくれて、山ちゃんも久々に顔を見れてみんな元気そうでなにより。夫妻も豆まで購入してくれて、本当にありがたいこと。熊谷くんは入ってきたとき、モデルの女の子が来たかと一瞬びっくりする。

コーヒーはゆっくり時間をかけて飲むと、覚めることで味がはっきりしてくるのか、その豆の個性が口のなかにいっぱいに広がってくる。そして冷めてもおいしく飲める。だから、できることなら少し時間をあけてノンビリするときに飲んでくれることがコーヒーを味わう秘訣の一つだと思う。暇であることとのんびりすることとは似ているようでやっぱり違うのだ。のんびりするにはある種の準備が必要で、たとえば僕にとってそれは部屋を片付けることだったりする。カフェや喫茶店は、きっと扉を開けて入ることがその準備になってるのかもしれない、と思った。

いま、僕は言うなれば他人ののれんを借りてコーヒーを出しているので、家賃というものがない。仕事場は家の庭に自作なのでもちろん、家賃はない。販売する豆の袋は買ったがデザインもラベルも自作だから、かかるのはお金ではなく時間である。それは楽しみでもあって、不安でもある。

見方を変えるといまの僕は根無し草であって、おかしな言い方だけれど、そうであることで、目の前のお客さんとの在り方だけがダイレクトに生活にも繋がっているのだと思われた。豆の販売にしても、営業などしたこともなく、通販の仕方だって何も知らない。本当にひとつひとつが手探りで、大いに不安(笑)。そこで検索でもかけたり、経営コンサルタントの人の話でも読んだり聞いたりしたら、効率よくいけるのかもしれない。でも、駄目よ。

それは、僕が好きな人たち(知り合いも、そうでない人も含めて。)に胸張ってられないからだ。そうするのが駄目、なのではなくって自分で思考することを拒否しているから駄目なのだと思う。自分で決定して、それでいいと思えればそれでいい。将来、間違ってたと思うかもしれないがそれは、全然構わない。とにかく、まずは自分で考えること。


11時過ぎに帰って、またペペロンチーノをこしらえる。茹でるお湯の塩の量を間違えてしょっぱくてしょげる。