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3月10日、11日

雪!


庭の椿の花が開いて、雀よりひと回りくらい大きい灰色の名前がわからない鳥が、器用に枝にとまって首を傾げて嘴を花に突っ込んで蜜を吸っていた。「キツツキじゃない?」

梅の花も咲きはじめて、暖かくなるときっとまた雪が降って、暖かくなる。最後の雪の前の暖かさと後の暖かさの違いを、感じてるだろうにわかってなかったりする。七十二候を身体でわかってたというのが、いつも凄いと思っている。


仕事終わりに新海さんに会いにいって、胡椒を買う。ついでのふりしてイベント出店や露天営業の方法論を聞いたら、なんでも教えてくれる。通常の方法ではまず許可は下りない、となるとそこをどうにかうまくやれないかといつも考えるのが癖なのでもやもやしてると、イベント自体を適応するかたちにすればいいのだ。店先で直接お金が回った途端に許可やらが発生するのなら、と考えてみたら、幾つか案がでてきた。

リンゴ並木で勝手にコーヒーを淹れる、というのもそれで思いついた。

リンゴ並木の両脇に用水路を流し、ちょっとおしゃれに煉瓦なんか敷き詰めて車道と歩道の境目を無くした曲がりくねった道を作ったところで、日本の道百選だかなんかに選ばれてる。その用水路で遊ぶ子供はいないし、歩く人たちは後ろから走ってくる自動車によって道の端っこに追いやられちゃうし、ベンチはいつだって座るひとを待ってる。あそこには、顔がない。顔がないところから文化は生まれない。

まわりは飲食店がいっぱいで、話をすれば「もっと人が歩く街にしたい」。

はじめ、飲食店ばかりじゃなくてもっと別の店を誰か作ればいいのに、と思っていたけどそれも今では違うと思っている。

どうしたら人が集まって、楽しそうなのを見てまたさらに人が集まって、ただ集まってくるか。いや、集まることがいいことじゃない。そこに文化を生むこと。そのための案を僕は持っている。

それは、道路のタイルを全部剥がして、替わりに草木を植える。全部芝生になった、気持ちいいだろうなぁ。



生活の糧としてイベントの出店はかなり大きい。だが、そこに依存してはいけないと囁くので、それは単発で先が見えないからとかではなくて、「のっかっている」からだ。多分。五月に入るまでに30万円を手にするにはどうしたらいいだろう。借金はしない、と決めているからそうではない方法で。


夜、「回想の野口晴哉」を読んでいるうちに身体が揺れはじめる。ぼんやり階段に座ってると、首が左のほうに向いていって胸椎の4番だか5番というところへんから上半身が左右に揺れる。

朝起きたら、雪が降りはじめていた。珍しく、夜になってもやまずに降り続いている。静かな、静かな街の夜電波。人里離れた静けさではなく、やっぱり雪が降り積もったときど特別の静けさだ。

ここよりもっとずっと雪が多く降り積もり、生活を雪の下にうずめてしまうくらいの豪雪地帯にいると、そんな風には思わないのかもしれない。その子どもは?やっぱり雪が降っても興奮しないだろうか。