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2月10日

快晴。でも陽はきつくない、薄い雲が空を埋めてると勘違いしてた。


物件を探しに回ったら、火曜はエイブルとかみんな休み。それで、地元の不動産屋さんを数件回る。どうやら、どこも賃貸より売買が専門みたいで、経験上わかってはいたけどやっぱり少ない。

でも、そこで見れる物件は少なくても、個人と会うとすごいのは大体そこから広がっていくのだ。「実は、今任されてるところがあって」とか話をしてくれる。で、直接大家さんに会ったりできると、そこからまた話は広がったりする。残念ながら、僕のお財布では無理だったところであった…

空き家を探して街中を歩き、勇気を出して扉を叩くと和菓子屋のお祖父さんがでてきて「いらっしゃい。何か?」と。数件回ってわかったことはこの時にへんに情報を隠したりしない方がいいので、素直に自分の状況を告げる。

「実は、買い物じゃなくて喫茶店の物件探してるんですけど。隣のかっこいいビル、どなたの持ち物かご存知ですか?」

「うちだよ。」

「あそこは、かしてもいいな、と考えてますか?」

「いやぁ、わりいね。あそこはさ~、じき住もうと思っててね」

はじめの頃、空き家って800万もあんだよ、これってヤバイよ!勿体無いよ‼社会問題じゃん!と息巻いて、それこそ不動産屋で「空き家問題とかあるじゃないですか」と言ったら、カール食べてたおばさんが「何が問題なの?」と、何言ってるのと逆に聞いてきた。

その時、僕ははっとした。商売どうこうは置いといて、この人たちは個人を相手にしているのだ。みんな、街中がシャッター街になってるのは知っている。それで人が歩かないとか淋しいとか言う。でも、それは街は見ていてもそこに住む個人はみていない。そう気づかされた。

それからは自分で歩いて、と言ってもまだ四件くらいしかまわってないが、思い切って(やっぱりいきなり話しかけるのはこわい。こっちはお願いする側でもあるのだ。むげにされるのも嫌だし)話を伺うと、けっこう向こうも色々と話してくれる。すると面白いことに、さっきまでただの物件だった空き家が歴史を持ちはじめる。ここは爺さんが移築して……コンクリじゃないよ。これ、木造モルタルで……実は行政からも言われててさ……。

そして、決まってその人たちは別の空き物件を教えてくれる。

こんな方法でここ3日ほど動いてみて、わかったことがある。今空き家となって倒壊が問題になっている建物は、どうやら築65年くらいのものが多い。

昭和23年の、飯田の大火だ。あの時の火災で丘の上の建物の7割余が焼け落ちてしまった。話を聞いたお祖父さんの家から飯田駅までは1km弱あるが、桜町からの列車が飯田駅に入っていくのがはっきりと見えていた、と言っていた。全部焼け野原になったのだ。するとそこに住んでいた人達はどうするか?一斉に家を立てはじめたのではないか(ちなみに大火がここまで広がった一つの原因として、遠くも近くもみんな、一斉に消火栓を開いたために水圧が下がり初期消化がうまくいかなかったことが挙げられてる)。それが65年を過ぎて、寿命のぎりぎりに来てるんじゃなかろうか。なんとかするなら、今じゃないですか~、と市長にでも言いたくもなる。


しかし、僕には時間がない。焦っている。手段を一つに絞らず、明日はエイブルにも行く。両親の交友関係にも当たってもらうことに。結局借りることのなかった物件の大家さんま探してくれると言ってくれた。本当にありがたい。面倒臭いし勇気もいるし時間もかかる。僕には時間がない。でも、本当はこういう人づての一次情報がいいのは間違いない。情報は人の手を渡るにつれて、その量が減っていくんだな、と思う。質が劣化するんではなくて、量が減るのだ。