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11月19日

晴れたり雨が降ったりした。冷え込みが冬のそれに近づいてきて、山はまだ深緑の混じった暖色でモコモコした絨毯のようで、めりめり剥がせそう。床に敷いて横になったら温かいであろう。


諏訪までカレーを食べに行ってスパイスの力を得てみんなでお通じが良くなったり足湯に浸かったり、風呂の扉に腐食防止のラッカーを塗って建て付けを直したり、お誕生日のケーキを買いに行ったり、伊那までいってニトリというセンターで本棚をみて自分で作る気まんまんになり、山さんは旋盤の新しい機械を買ったとかでみな悠々と、生活面でどうかではなくて悠々と暮らしているのが羨ましいのと、嬉しい。自分めは、タイムリミットが迫った気分。


今日は伐採の会社に話を聞きに行って、自分はでもまだ迷っているので決まってもどうしようかわからないので、と正直に言ってしまったがみな、社長さんでも赤字のところばかりでね、という話や薪の話、伐採といっても色々と毛色があることなど聞く。

井上さんから連絡あり、そんなんじゃなくなるぞ!と言われる。そうなのだ。もう、やるしかない。やります。


平安堂に行って雑誌を見て、ミスドでコーヒーを飲みながら未明の闘争を久しぶりに読む。喫煙席しか空いてなかったら、向こうの禁煙席に若い女の子が二人やってきて、軍隊色のモッズコートをきた二人の女の子はドーナツを頬張りながら向かい合ってお喋りしていて、口にドーナツを含んだまま頬っぺたが膨らんで喋っている、その頬っぺたの膨らみがかわいい。優子さんが持っているモッズコートの良さが、離れた距離からみても二人のコートをみればわかる。未明の闘争を読んでいると、世界が柔らかい昼日にくまなく照らされたように明るく見える。世界が明るくなるのではなくて、自分のどこかが明るく照らされるんだろう。


昨日のおでんをカレーうどんにして食べる。うまい。

佐々木さんに頼まれているイラストの案をしゃこしゃこ描く。店の案を最新号のブルータスを読みながら羅列してみる。コーヒーも今やワインのように嗜好品としての度合いが強まってきているのは間違いない。安くて美味しいコーヒーが出現したこともその過程の中に位置づけられるはずで、スペシャリティコーヒーの台頭のほうが田舎にいると実感として遅れてやってくるどころか、飯田ではその実物を目にすることも殆ど、ないに等しい。

それなら僕自身がそれを始めればいいじゃないか、とどうして思えないのだろう。ワインやスピリッツがコーヒー豆そのものに当てはまるなら、カクテルテクニックはバリスタになるのか。それを究めてみたい、という想いに抵抗があるのは何故か。例えば小説や合気道とかなら、その道を究めてみたい、と真剣に思えるのに。それはわかってる。

結局のところ、僕はハコのほうに重点を置きたがっているのだ。