11月1日
どんよりとした晴れ。
日月と晴れ、あとは雨が降ったりやんだり曇ったり日が差したり濃霧がかかったりしていた。
起きて、引っ越しして仕事して眠るか、起きて、引っ越しして眠るかしていた。
引き渡しの時になって、リフォーム代行の業者さんが来て申し訳なさそうに「綺麗に使ってくれてるけど、どうしても消耗品がねぇ~」と言いながらバシバシ部屋を見ていって、査定をしてくれた。障子と襖と畳の張替えだけで済んで、それだけで随分とかかった(和室がふた部屋あることと、戸建てであったこと)。自分でやったほうが安かったりしますか?と聞いたら、「よっぽどうまけりゃいいですけど、そうでなければ、ねぇ~」と色々な(主に貸主側の)事情を、申し訳なさそうに、でも「まぁ、これが世間だもんで、ねぇ~」というところに落ち着いていくのだった。嫌なら、全部自分の責任において、自分の時間を割き、自分の身でやればよい。ということだった。そして、それは至極当然のことだ、と思った。代行、というのはそういうことで、見渡してみると殆どの人が誰かの代行をして、そのあいだ別のことを誰かに代行してもらっていた。
引き渡しが終わって一息ついて新居に入ると、そこがまだ折り返し地点であることを気づかせてくれた。
井上さんとお連れの人が互いの九死に一生を得る話が途切れずでてきて、僕はそういうことは多分、覚えている限り何もない。言い換えれば、井上さんたちはそのような状況にそれだけ巻き込まれる、ということで、多分、九死に一生を得る人はずっと、死ぬまで九死に一生を得続け、僕は恐らくたった一度、九死に一生を得るような時は、終わりの時になるんだろう、と思った。
奇跡ってなんだろう、と思った。
その後、山川さんと話した。
そのことを日記にしていると、突然落ちて、消えてしまった。
虱の命と、犬の命と、人の命と、仏の命。そこになぜ段階を付けたのか。僕は、首肯できない。生後二ヶ月で死んだ赤ん坊は、それでは祝福できない。赤ん坊は、南無妙法蓮華経を唱えられない。
生きたことは、生きたことそのものが祝福されることであって、何かのためにと問うた瞬間に、生きたことは失われてしまう。しかし僕はそのことを、どう行動すればいいのだろう。桜並木の踏切近くの黒猫たちは、祝福されないのがおかしい命だ。