5月22日

晴れ、山空がかすかに白く霞んでいる。寝不足。

10時に起きて、梶間くんの実家の茶摘みの手伝いに行く、とはいえ殆ど遊びに行ったようなものだった。新芽の柔らかいところをホキリ、と折る感触が心地良かった。フキやら茗荷やらをだだくさ頂戴する。

帰りにマエザワによって、コロッケと唐揚げを購入。店のおじさんが、小学生の頃の斉藤くんが大きくなった顔にそっくりだった。


釜揚げ水うどん、もらった菜っ葉のみそ汁。今気づいたけど、なんで夕飯の献立だけあげてんだろ?


暇な時間にちょこちょこ古事記を読み進める。やたらと人名(神名がほんとうか)が出てくる。話の辻褄があわないところなど、それをそのまま読み積み上げていくことで生まれるダイナミズムみたいなのが、神の持つそれの感触があってわくわくする。と同時に、現在どれほど事前の約束に知らず束縛されていることか。制約によって生まれるものは、というか小説なら小説の制約がまた小説の自由を獲得することに不可欠なことはわかるけど、古事記を読むことで浮き彫りになる事前の約束は、厳しい制約というより怠惰、考えてなさゆえのものだと思う。